猫の鏡台

あだ名はにゃんにゃん。犬が好き

記憶の上書き

あと2回月がかわったら、飼っていた犬が死んで1年になる。

 

犬は15年と2ヶ月生きた。

まだ悲しいけれど、犬の写真を見ることや、思い出に浸ることがやめられない。懐かしい動画を見ると「そういえば、こんなこともあった」と気づく時もある。

 

それがこの頃、思い出せる犬の姿がお決まりのものになっている。シャッターを切る前、動画を撮り終えた後にも、我が家の犬は生きていたはずだ。それなのに、限られた瞬間しか思い出せない。

 

私は記録と記憶にない犬を忘れかけている。犬は15年間生きたが、私の頭の中にある犬の記憶をつなげても、10分にも満たないかもしれない。あんなに一緒にいたのに、私は何も覚えていない。記憶にない犬はどこに行ったのだ。

 

私は犬を自分の都合の良いように作り変えている。全てを思い出すなんて無理だ。記憶にないことは思い出せない。それでも、私は覚えていない犬に会いたい。

 

 

犬、犬、犬と書き連ねたけど「犬」を「人」に置き換えてみると、こんな事はもうしたくないと思うし、でも私はまた同じことを繰り返してしまう、とも思う。自分の狭い視野でしか生きられない。今、隣にいる人のこともわからない。